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最高裁判所第一小法廷 昭和49年(あ)1839号 判決 1976年3月18日

主文

原判決中被告人佐藤忠見に関する部分を破棄する。

本件を福岡高等裁判所に差し戻す。

理由

弁護人田中義信の上告趣意は、単なる法令違反の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

しかしながら、所論にかんがみ、職権で調査すると、原判決は、被告人佐藤忠見に関する部分につき、同法四一一条一号により破棄を免れない。その理由は、次のとおりである。

一第一審判決は、罪となるべき事実第一、一として、「被告人佐藤忠見は不動産売買の事業などのために資金を必要とし、被告人占部須美は同佐藤忠見の右資金繰りに協力していたが、被告人佐藤忠見において別紙定期預金一覧表記載の各預金日の数日前ないし前日に、福岡県浮羽郡吉井町一、二四九番地所在の吉井信用組合の代表社員(専務理事)として、同組合の行う預金の受入、払戻、保管ならびに貸付等その業務一切を統轄処理していた安武慎一に対し預金を見返りとした融資を依頼した後、被告人占部須美に吉井信用組合への預金者の斡旋方を依頼した結果、同被告人はこれを了承して加茂榮次に同表記載のとおり昭和四二年八月一九日から昭和四三年二月二七日まで前後五回にわたり同組合へ同表記載の定期預金をさせ、もつて被告人佐藤忠見は被告人占部須美を介し、被告人占部須美はみずから、それぞれ吉井信用組合へ前記加茂榮次が預金をするについて媒介をした者であるが、右被告人両名は共謀のうえ、右各定期預金に関しいずれも被告人佐藤忠見が右加茂榮次にいわゆる裏金利を得させる目的で、被告人占部須美は同佐藤忠見と通じ、被告人佐藤忠見は自己のために、被告人占部須美が前記各預金日に前記吉井信用組合において前記安武慎一に対し被告人佐藤忠見への融資の申込をなし、右安武慎一をして前記加茂榮次の定期預金を担保として提供することなしに吉井信用組合が被告人佐藤忠見に対し資金の融通をなす旨を承諾させ、被告人佐藤忠見もみずから各預金日に吉井信用組合に赴き前記安慎武一に要求して同組合から資金の融資を受け、もつて五回にわたり吉井信用組合を相手方として前記定期預金に関し各不当契約をし」たとの事実を認定し、右被告人佐藤忠見の五回にわたる各不当契約の所為は、それぞれ刑法六〇条、預金等に係る不当契約の取締に関する法律(以下、本法という。)四条一号、二条二項に各該当するとし、有価証券偽造、同行使、詐欺及び業務上過失傷害の各罪と併せて、被告人を懲役一年六月及び罰金二〇万円、罰金刑につき換刑一〇〇〇円一日、懲役刑につき三年間執行猶予、押収してある約束手形一通の偽造部分没収の刑に処した。

二これに対して、被告人佐藤忠見が控訴し、弁護人の控訴趣意第一点において、第一審判決は被告人の占部須美に対する預金者さがしの依頼の事実をもつて本法二条二項の媒介行為に当たると解しているが、被告人は本法二条二項にいう特定の第三者であるところ、本法は特定の第三者についてはこれを処罰する規定をおいていないのであるから、特定の第三者の行為が媒介者と共同正犯、教唆、幇助の共犯の関係にある場合でもあつても、刑法の共犯規定の適用によつて処罰することはできないものであり、第一審判決には法令の解釈適用の誤りがあると主張したところ、原判決は、第一審判決挙示の関係証拠により、被告人は昭和四二年八月一七日ごろ吉井信用組合に赴き、同組合の専務理事安武慎一と面接して、同組合に自己への融資方を申し込み、これに併せて同組合の貸出し資金の確保については然るべき預金をあつせんすることを約し、更に、占部須美に対し、自己が事業資金とするため同組合から融資を受けようとしているが、それについては引き当てとなる預金が必要なので、預金者には相応の謝礼をするので然るべき預金をあつせんしてくれるよう依頼し、これを了承した同人がその頃加茂榮次に働きかけて同組合に預金することを勧誘し、預金だけしてくれればそれだけで十分であるから、担保には絶対供さないが、被告人から月一歩五厘の割合による裏金利の支払をする旨を告げ、暗に加茂榮次が預金をしてくれれば、被告人において、右預金を引き当てとして同組合から相応額の融資を受けられる趣旨を悟らせたうえ、加茂榮次をして預金をすることを承諾させ、同月一九日占部須美及び加茂榮次が相携えて同組合に赴き、占部須美において前記安武慎一に対し、被告人の依頼を受けて加茂榮次の預金に来た旨を告げ、暗黙のうちに右預金を担保に供しないで被告人に対する融資を申し込み、既に被告人から預金を担保に供しないでこれを引き当てとして融資を受けたい旨の申込みを受けていたので、これにより既に右預金の趣旨を了知していた安武慎一をして右各申込みを承諾させたうえ、加茂榮次名義をもつて同組合に五〇〇万円を預金し、同日被告人において同組合から一〇〇〇万円の融資を受けた事実が認められるほか、同月二一日、同月三一日、同年一〇月一六日、同四三年二月二七日の四回にわたつて、そのつどほぼ前同様の経過があつた事実を認定したうえ、本法において取締りの対象とされている者は預金者、媒介者及び金融機関の役員、職員であつて、特定の第三者は処罰の対象とされていないが、本法が規定している特定の第三者と預金者又は媒介者との間における意思の疎通ないしは合意とは、特定の第三者の側に媒介行為遂行の企図ないしは意図を欠く場合をいうのであつて、特定の第三者と媒介者との間に共謀が成立している場合には、特定の第三者ではなく媒介者となるものと解されるところ、前記認定の事実によれば、被告人は預金の媒介を行う企図をもつて自ら媒介行為の一部を実行し、かつ、占部須美との共謀により同人の実行行為を介して自己の企図した預金の媒介を実現したものであるから、被告人は本法二条二項に規定する媒介者に該当し、しかして被告人と占部須美間の合意は媒介者相互間の共謀であって、被告人が占部須美の行つた媒介行為について共同正犯としての罪責を負うのは当然のことであつて、第一審判決には法令の解釈適用の誤りはないとして、被告人の控訴を棄却した。

三そこで、原判決の右判断の当否について検討する。

本法は、特定の第三者に対する融資を条件として金融機関が預金を受け入れるいわゆる導入預金のうち一定の形態のものの取締りを目的として制定された法律であるが、二条一項において、金融機関に預金等をする者(以下、預金者という。)が金融機関から融資を受け又は債務の保証を受ける特定の第三者(以下、特定の第三者という。)と通じて金融機関と不当契約をすることを禁止し、二条二項において、金融機関に預金等をすることについて媒介をする者(以下、媒介者という。)が特定の第三者と通じて又は自己のために金融機関と不当契約をすることを禁止し、これらの規定に違反した者に対して罰則を定めている(四条一号)。

しかるに、特定の第三者については、その者が自ら預金等をすることについての媒介をする場合を除いて、これを処罰する規定がないのである。

このような本法の規定からすれば、右特定の第三者については、その者が自ら預金等をすることについて媒介をする場合を除いて、これを処罰しない趣旨であると解すべきであつて、預金者又は媒介者と特定の第三者が通じたことの内容が、一般的にはこれらの者との共謀、教唆又は幇助にあたると解される場合であつても、預金者又は媒介者の共犯として処罰しない趣旨であると解しなければならない。

原判決の認定した事実によれば、被告人は吉井信用組合の専務理事安武慎一と面接し、自己への融資方を申し込むとともに併せて同組合の貸出し資金の確保については然るべき預金をあつせんすることを約したうえ、占部須美に対し、自己が事業資金とするために同組合から融資を受けようとしているが、それについては引き当てとなる預金が必要なので、預金者には相応の謝礼をするので然るべき預金をあつせんしてくれるよう依頼したというのであるから、かかる被告人の行為はひつきよう占部須美に対し預金の媒介を依頼したものにすぎず、かかる行為は特定の第三者が媒介者と通じることの内容として通常予想される行為に止まるものであつて、かかる行為をとらえて、被告人が預金等をすることについて媒介をした者として本法二条二項、四条一号により処罰することは許されないものといわざるをえない。

そうすると、被告人は占部須美との共同正犯として本条二条二項に規定する媒介者に該当するとした原判決は、法令の解釈適用を誤つたものというべく、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであり、かつ、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。

なお、第一審判決によれば、同判決第一、一の本法違反の事実は、被告人に対して公訴が提起された犯罪事実の一部にすぎないが、同判決はこれら五個の本法違反の事実についていずれも懲役刑と罰金刑を併科すべきものとし、同判決第二の有価証券偽造、同行使、詐欺の罪(刑法五四条一項後段、一〇条により偽造有価証券行使の罪の刑で処断)及び同判決第三の業務上過失傷害の罪と刑法四五条前段の併合罪の関係にあるとして、被告人を懲役一年六月及び罰金二〇万円、罰金刑につき換刑一〇〇〇円一日、懲役刑につき三年間執行猶予、押収してある約束手形一通の偽造部分没収の刑に処しているので、同判決第一、一の本法違反の罪の部分のみを分離することはできないから、原判決中被告人に関する部分を全部破棄することとする。

よつて、刑訴法四一一条一号により、原判決中被告人に関する部分を破棄し、同法四一三条本文に従い、本件を原審である福岡高等裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(藤林益三 下田武三 岸盛一 岸上康夫 団藤重光)

(別紙)

定期預金一覧表

番号

(1)

(2)

(3)

(4)

(5)

預金日

昭和四二年八月一九日

同年同月二一日

同年同月三一日

同年一〇月一六日

昭和四三年二月二七日

預金額

五〇〇万円

一、〇〇〇万円

一、〇〇〇万円

五〇〇万円

一、五〇〇万円

預金の満期

三か月満期

右同

右同

右同

右同

弁護人田中義信の上告趣意

第一点 原審裁判所が被告人に対する犯罪事実のうち預金等に係る不当契約の取締に関する法律違反の事実につき有罪となした点は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令解釈の誤りがあるので破棄を免れない。

以下その理由につき陳述する。

一、被告人は本法第二条の資金の融通を受ける特定の第三者であるので本法の処罰の対象となつていない。

然るに原審では被告人は法第二条第二項の媒介者である相被告人占部須美と共謀した媒介者であると認定され、処罰の対象となるものと解されている。

二、しかし法第二条第二項は媒介者は「当該預金等に関し、当該預金等をする者に特別の金銭上の利益を得させる目的で特定の第三者を通じ」ることが要件となつている。

この「通じ」とは「意思の疎通」ないし「合意の成立」があると解されており、これは刑法上の共謀即ち共同正犯の成立する場合はもとより教唆、幇助の関係が成立する場合も予定されているものであり、このよう両者間に意思の疎通があつても特定の第三者は処罰の対象とならないものである。

被告人が相被告人占部に対し預金者の斡旋方を依頼したに過ぎない。

しかも相被告人占部の行為は法第二条第二項の媒介者に該当することは明らかである。

かかる場合右媒介者に対し被告人が預金者の斡旋方を依頼した行為は、本法成立の成件とされている両者間の意思の疎通ないし合意の成立の範囲を出るものではなく、被告人の右行為は法の当然予定している行為であると解されるので被告人の右行為は処罰の対象とならないものと思料する。

三、原審が被告人の行為を法第二条第二項の媒介者と認定したことは法令解釈の誤りであるから原判決破棄のうえ、本法違反の点は無罪の判決を給わりたい。

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